マルセイユ石鹸の歴史
フランス国内はもちろん、世界中で広く愛されているマルセイユ石鹸(Savon de Marseille)。
72%以上の植物油から作られるこの伝統的な石鹸は、そのシンプルな処方と多用途な使い方によって、何世紀にもわたり高い評価を受けてきました。経済的で環境にやさしく、洗浄力にも優れたマルセイユ石鹸は、ボディケアとしてはもちろん、家庭での掃除や洗濯など、暮らしのあらゆるシーンで活躍してきました。
マルセイユ発祥のキューブ型石鹸は、今もなおその土地で、伝統的な釜焚き製法によって作られています。熟練の石鹸職人(Maître Savonnier)の目のもと、植物油のみを原料に、香料・着色料・保存料を一切使用せず丁寧に仕上げられます。
しかし、その人気ゆえに、世界各地で「マルセイユ石鹸」の名を冠した模倣品も多く出回っています。これらは伝統的な製法を守らず、マルセイユ地方以外で大量生産されたものであり、**本来の品質と純粋さを欠いた“偽物”**といえます。本物のマルセイユ石鹸は、フランスの職人たちが何世紀にもわたり受け継いできた技と誇りの結晶なのです。
マルセイユ──石鹸づくりの聖地
中世の頃から、マルセイユはオリーブオイルを原料とした石鹸づくりの中心地として知られていました。12 世紀にはすでに複数の石鹸工房が存在し、プロヴァンス産のオリーブと、カマルグ地方の植物灰から採れる天然ソーダを用いて石鹸が製造されていました。マルセイユ特有の温暖な気候とミストラル(地中海の風)が、石鹸の自然乾燥に最適な条件をもたらしていたのです。
国境を越えて広がったマルセイユ石鹸

1371 年、クレスカス・ダヴァン(Crescas Davin)がマルセイユ初の公認石鹸職人として記録されています。15 世紀になると工業的な石鹸工場が登場し、地中海貿易の要所である港町マルセイユからヨーロッパ各地へ輸出されるようになりました。当時の石鹸は、5 kg以上の緑色のブロック状で販売されていました。
製造を守るための法的規定
1812 年、マルセイユの石鹸工場は62 軒にまで増加。本物のマルセイユ石鹸の品質と地域性を守るため、ナポレオンが地理的表示と製造基準を定める法令を公布しました。石鹸には「オリーブオイル」「製造者名」「マルセイユ市名」を刻印することが義務づけられ、他地域で偽って販売する者には罰金と没収が科せられました。この法令により、マルセイユ石鹸の名声はさらに高まりました。
衰退と危機の時代

20 世紀初頭、マルセイユの石鹸産業は最盛期を迎え、およそ90 の製造所が操業していました。しかし第一次世界大戦をきっかけに生産は減少します。1927 年と1928 年の判決により、マルセイユ石鹸は「72 %以上の植物油を使用する石鹸」として再定義されましたが、第二次世界大戦後、合成洗剤の登場によって業界は急速に衰退していきます。
1980年代、自然回帰とともに復活

1980 年代に入り、「自然で安全な製品」を求める動きが高まる中で、マルセイユ石鹸は再び注目を集めました。一方で、海外からの「石鹸素地(パスタ)」の輸入による簡易製法が増え、伝統的な釜焚き工程を省略する業者も現れました。その結果、「マルセイユ石鹸」の名を冠した模倣品が市場に出回るようになります。この状況を受け、伝統を守る石鹸メーカーたちは「マルセイユ石鹸専門家組合(UPSM)」を設立。本物のマルセイユ石鹸の基準と価値を守る活動を続けています。
